【行政書士が解説】「口約束」はなぜ相続では通用しないのかー「言った」「言わない」でもめる瞬間

「お父さんが、生前に“この家は長男にやる”って言ってたんです」

「母が“この預金は全部あなたのものよ”って言ってくれていました」

相続のご相談をお受けしていると、こうした口約束の話が、驚くほど多く出てきます。

そして、その多くが

「でも、それは法律的には通用しないんです」

という、とても残念な結論に行き着きます。

なぜ、あれほど確かに聞いたはずの言葉が、相続では通らないのか。

なぜ、「約束したはずなのに」という気持ちが、争いに変わってしまうのか。

この記事では、行政書士として現場で実際に見てきた事例をふまえながら、

  • なぜ相続では「口約束」が通用しないのか
  • 通用してしまうと、なぜ危険なのか
  • 口約束を“本当に通る形”に変える方法

を、できるだけ現実に即して、わかりやすくお伝えします。


目次

そもそも相続は「気持ち」ではなく「法律」の世界

まず大前提として、

相続は

×感情の世界ではなく

○法律の世界の手続き

です。

どれだけ恩があっても、どれだけ強く約束していても、

法律に沿った形になっていなければ、基本的に「なかったもの」として扱われます。

これは冷たいようですが、

逆に言えば、「誰が言った・聞いた」という不確かな話だけで、財産が動いてしまうと、社会が成り立たなくなるからです。


なぜ「口約束」は相続で通用しないのか

ここから、理由をひとつずつ解説していきます。


① 「証拠」が残らないから

口約束の最大の弱点は、証拠が残らないことです。

録音がない、書面がない、第三者もいない。

この状態では、

  • 本当に言ったのか
  • どこまで言ったのか
  • どの財産についてなのか

を、客観的に証明することができません。

相続では、「気がする」「たぶん言っていた」というレベルの話は、基本的に採用されません。


② 相続は「法定相続」が原則だから

遺言書がない場合、相続はすべて民法で定められた法定相続どおりに進みます。

  • 配偶者は常に相続人
  • 子がいれば、配偶者と子
  • 子がいなければ、配偶者と親
  • それもいなければ、配偶者と兄弟姉妹

というように、相続人と割合は すべて法律で決まっています。

口約束は、この法定ルールを上書きする力を持っていません。


③ 「約束していた」という主張だけでは財産は動かせない

実務の現場では、次のようなやり取りが本当によくあります。

長男:「家は俺にくれるって父が言ってた」

次男:「そんな話は聞いていない」

長女:「それなら証拠を出して」

この時点で、もう感情と感情のぶつかり合いになってしまいます。

そして法律上は、

  • 遺言書があるか
  • 遺産分割協議で全員が合意するか

このどちらかしか、財産を動かす方法がありません。


④ 通用してしまう方が、むしろ危険だから

もし仮に、

「あの人がそう言っていたから」

というだけで相続の内容が決まってしまうと、何が起きるでしょうか?

  • 話をでっちあげる人が出る
  • 都合のいいように話が変わる
  • 亡くなった人の本心がねじ曲げられる

こうした事態が、簡単に起こってしまいます。

だからこそ法律は、「口約束は通用しない」という厳しいルールをあえて採用しているのです。


「口約束」が原因で起きやすいトラブルの典型例

ここからは、実務で実際によくあるトラブルパターンをご紹介します。


ケース①:「同居・介護していたのに…」

長年、親と同居し、介護もすべて引き受けてきた長女。

生前、親からは何度も、

「この家はあなたにあげるからね」と言われていました。

しかし、遺言書はナシ。

他の兄弟は、「法定どおりに分けるべきだ」と主張。

結果、家は共有名義になり、長女は住み続けるために、兄弟にお金を払うという結末に…。


ケース②「事業を継ぐと言っていたのに…」

個人事業を手伝っていた長男。

父からは常に、「店はお前に任せる」と言われていました。

しかし、遺言書はなし。

父が亡くなった途端、他の兄弟が、

  • 店の建物
  • 預金
  • 在庫

すべて「相続財産として分ける」と主張。

結果、事業は継続できず、廃業に追い込まれました。

ケース③「預金はあなただけにと言われていたのに…」

同居していた次女だけに、母はこっそりこう言っていました。

「この預金は、あなただけのものにするからね」

ところが、遺言書はなく、通帳は相続人全員が知るところに。

結果として、預金は法定相続分どおりに分けられ、次女の約束は、なかったことにされてしまいました。


「口約束」を通用する形に変える唯一の方法

ここまで読まれて、

「じゃあ、生前に言っておく意味ってないの?」

と感じた方もいるかもしれません。

意味は、あります。

しかし、それは補助的な意味にすぎません。

口約束を、法的に通用する形に変える唯一の方法は、たったひとつです。


遺言書として「書面に残す」こと

どんなに短くても、

  • 日付
  • 氏名
  • 自筆の全文

がそろった自筆証書遺言、もしくは、公正証書遺言にしておけば、話はまったく別になります。

口では通らなかった約束が

書面になった瞬間、法律上の「効力」を持つ

これが、相続の世界です。


「うちは家族仲がいいから大丈夫」は、一番危険な思い込み

実は、相続トラブルが起きる家庭の多くが、

  • 生前は仲が良かった
  • もめるとは思っていなかった
  • 口約束で十分だと思っていた

というご家庭です。

仲が良いからこそ、

「遺言なんて書かなくても大丈夫」「気持ちは伝わっているはず」

と思ってしまうのです。

しかし、相続は“気持ち”ではなく“立場”が人を変える場面でもあります。


では、口約束はまったく意味がないのか?

答えは、「半分YES、半分NO」です。

【意味がある場面】

  • 家族に考えを伝えておく
  • 遺言作成のきっかけにする
  • 相続の方向性を共有する

【意味がない場面】

  • 財産の帰属を決める
  • 法定相続を覆す
  • 法定相続を覆す

「気持ちを伝える」役割と、「法律を動かす」役割は、完全に別物だということを、ぜひ知っていただきたいのです。


まとめ:相続において口約束は通らない。でも

もう一度、結論をまとめます。

【口約束】

  • 証拠がない
  • 法定相続を覆せない
  • 感情トラブルの火種になる

【本当に約束を守りたいなら】

  • 必ず「遺言書」にする
  • できれば「公正証書遺言」にする

相続は、亡くなった方の最後のメッセージが、きちんと届くかどうかで、家族の未来が大きく変わる場面です。

「言ったはずなのに…」「約束してくれていたのに…」

そんな言葉が、誰の口からも出てこない相続にするために。

口ではなく、書面で残すこと。

それが、家族への本当の思いやりなのだと、私は日々の実務から強く感じています。


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